2.手術前後

2007/10/08

術後1ヶ月

手術から1ヶ月。ドレーンを抜いたあとのかさぶたはとれ、ピンクのあとが残っている。わきの方は、写真の通り。抜糸の必要のない糸だったので、徐々に消えていくのかな。こっちのかさぶたはまだ残っている。突っ張る感じはあるものの、腕はほぼ元通りに動くようになった。わき腹、二の腕から肩甲骨にかけては、感覚が鈍く、触るとザワザワ痺れる感じがする。手術した胸はとても固くなっていて、何が入っているんだろうって感じ。感覚は鈍いが、触感はある。手術の傷跡は着実に治っている。腕や胸の違和感は時間がたつと消えていくのかしら?

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2007/09/23

リハビリは順調?

2007年9月23日(日)

手術前、めいっぱい腕を伸ばして、壁にピンを刺しておいた。今日、そのピンに一瞬だけだけど、中指が届いた。左手は人差し指も届くし、ずっと触っていることもできる。でも、右はまだほんの一瞬触れるだけ。目標は術後10日だったけど、術後13日めにして、ようやく達成。やったネ!

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2007/09/21

骨シンチ

2007年9月21日(金)

手術前に受けられなかったので、今日は外来で骨シンチグラフィ検査。骨転移がないかどうか、調べるもの。午前中にまず静脈注射を受けて、午後に検査をすることになる。静脈注射はドキドキだったけど、血管を温めてもらったせいか、それほどの痛みもなくホッと一安心。
午後まで時間が空いたので、付き添ってくれた母とデパ地下で買い物をしたり、スタバでココアを飲んだりして時間をつぶした。
検査着に着替えるのかと思ったら、カーディガンを脱いで、メガネを外しただけでOK。細部を調べるものではないので、ブラジャーの金具ぐらいは問題ないらしい。結果は次の外来診察には出るとのこと。
今日は入院費の精算をする。健康保険限度額適用認定証をもらってあったので、高額医療費との差額は払う必要がない。それはいいけど、今月の残りの医療費は後日の精算になるのかなぁ? それって申告制? 総務に電話して確かめてみるべきかしら?

入院してからあまり歩いていなかったせいか、病院の往復とデパートを歩いただけなのに、右足の付け根がズキズキ痛い。家に帰った頃には、足を引きずるようになってしまった。

◆入院・手術費 88207円(預かり金10000円を除く)
◆骨シンチ検査 17120円

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2007/09/17

入浴

2007年9月17日(月)

入院中は身体を拭くだけだった。ドレーン抜去後はシャワーの許可が出たが、生理が始まってしまったこともあり、看護師さんの介助を受けるのも抵抗があったので、パスしていた。というわけで、久しぶりの入浴である。腕はまだまっすぐに上がらないが、どうにか髪を自分で洗うことはできる。帰宅後は胸帯を外していたが、まだ傷跡を見たことはなかった。

手術の説明を受ける前、自分なりにいろいろ本を読んだりして、再発リスクを抱えるぐらいなら、全摘出でもかまわないと思っていたりもした。乳房をなくすことへの抵抗は、私の場合、かなり低かったと思う。けれど、主治医の頭には全摘出はまったくなかったようで、温存の説明しか受けなかった。あえて言い出せるような雰囲気でもなく、医者がそう言うのなら、全摘出しなくてもいいんじゃないか。そう考えて、温存手術を受けることにした。術後には必ず放射線治療をするという。それも同意した。

胸の形はほとんど変わっていなかった。ドレーンを抜去した痕には、バンドエイドが貼ってある。しこりがかなり腋の近くにあったので、小さい胸だが、あまり影響がなかったに違いない。腋の傷の方は、横一直線に6cmぐらい。腋とも、胸とも言いがたい位置にある。腕を下ろしても丸見えだけど、傷跡はどのぐらい残るんだろう? 抜糸はしなくていいらしい。傷の上にはテープが貼ってあり、自然にはがれたら、そのままにしていいと言われている。リンパ節郭清を行ったので、腋の下がかなりえぐれていて、自分で見ても、ちょっと怖かった。

久しぶりの入浴は生き返る心地。バンドエイドをはがすと、穴が開いている。放っておけば乾くんだろうか? 乾かした方がいいような気がしたので、何もせずにそのままにした。

夕方、父方の伯母と従姉妹がお見舞いに来てくれた。伯母も先日、具合を悪くして入院していたのだが、その時に比べると、かなり元気になっていて安心した。従姉妹に会うのも久しぶり。会いに来てくれて嬉しかった。その後、もう一人の従兄弟が来てくれた。こちらは最後に会ったのがいつかも覚えていないぐらい久しぶり。いきなり20年も前のことを話されて焦ったが、けっこう近くにいても、意外に会わないのが親戚なのかもしれない。

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2007/09/16

退院

2007年9月16日(日)

いよいよ退院。デイルームでいつも一緒に食事をしている人たちに、今日で退院することを報告。年配者ばかりで、入院中、自分より若い人はもちろん同年代の患者さんもまったくと言っていいほど見なかった。それだけじゃなく、同じ病気らしい人も見なかった。ひょっとして、手術件数はあまり多くないんだろうか。
同室の人にも挨拶をして、久しぶりにワンピースを着る。前開きの服をほとんど持っていないため、こんなときは前開きのワンピース+カーディガンが便利。胸帯はしたまま。
日曜日なので、預かり金を払って、後日精算という形になる。手首の名札を外してもらい、「入院患者」ではなくなった。豪勢にもタクシーで帰宅。パジャマに着替えて、のんびりくつろいだ。やっぱり家は落ち着く。あとは地道にリハビリするのみ。

家に着いた頃、友人KさんとSさんから「お見舞いに行きたい」というメールが。あわてて退院したことを返信。でも、その気持ちが嬉しい。他にも退院したことをポツポツとメールで連絡したけど、メール打つのに疲れてしまって、続きは明日。これで小説を書ける若者はスゴイ。私には絶対にムリだわ。

◆預かり金 10000円

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2007/09/15

術後5日め

2007年9月15日(土)

朝、予告どおりドレーンが抜けた。抜いた痕はどうするのかなと思っていたら、大きなガーゼを当てて、胸帯を巻いただけ。胸帯がゆるいので、ずり落ちそうな感じ。ドレーン抜去のせいか、いつもより体温が高く、脈も早い。でも、一時的なものらしい。発熱も午後には落ち着き、平熱に戻った。ただ、あいかわらず血圧は低い。
ドレーンが抜けたので、明日お昼を食べたら、退院することに決まった。
夜、友人が二人お見舞いに来てくれた。来る途中、道に迷ったらしく、けっこう大変だったようだ。わざわざ足を運んでくれたことが嬉しい。

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2007/09/14

術後4日め

2007年9月14日(金)

乳がんが発生しやすい場所は、外側上部で全体の45%だという。私の場合もそう。それに加えて、私のしこりは乳房のかなりはずれ、どちらかというと腋に近い場所にある。術前の説明では、しこりの位置を6cm、センチネルリンパ節生検のため、腋を6cm切開するという話だった。でも、実際は切開創は腋だけですんだ。つまり、傷はひとつ。それだけしこりが腋に近い場所にあったということだ。そんなの最初からわかりそうなものだが、その説明はなかった。
主治医はあまり触診をしない。検査結果の説明はするが、私の診察をしたのは、最初のエコーの時だけだ。それも患側の胸だけで、左乳房のエコーや触診はなかった。場所が場所だけにあまり触るのもどうかと思うが、気分的には「もっと触って~」である。しこりの位置だって、よく見ていれば、覚えているはずだ。それがちょっと不満。
毎朝、消毒に来る主治医が「明日にはドレーンを抜けるでしょう」と言った。ドレーンの廃液は、毎晩9時に看護師さんが取りに来る。それ以外にもしょっちゅう確認に来る。まだけっこう出ているように思うが、もう抜けるのかな。人によっては、外来でたまった水を抜く人もいるという話で、ちょっと不安に思う。
お昼ごろ、看護学生のTさんが来た。臨地実習が今日で終わりなので、挨拶に来てくれたのだ。Tさんとはいろいろな話をして楽しかった。いい看護師さんになってほしい。その前に、パン教室で会えると嬉しいのだけれど。
夕方、部長と同僚のUさん、Mさんが来てくれた。部長は、私のポシェットを見て、「それ、お弁当箱?」とボケをかました。「いいえ、脇から出ている液をここにためているんですよ~」と脅しておいた。
退屈しているだろうから、とファッション誌とマンガの差し入れをもらった。マンガは猫の出てくるもの。猫好きの私に、同僚が選んでくれた。プレゼントのスプーンを病室に取りに戻って、デイルームに戻ってくると、部長はもういなくなっていた。早業だ。でも、いつも忙しいのに、顔を出してくれたことに感謝。Uさんにスプーンの小箱とカード、リボンを託した。
面会時間終了すれすれに、総務のU部長が来てくれた。入院前、いろいろアドバイスをいただいた。手術の日の朝礼で、「今日が手術なので、病院方向へ向けて、みんなで念を飛ばしてください」と言ってくれたそうだ。同僚からメールをもらって驚いた。今日もシステムの不備があり、すごく大変なところを来てくれたらしい。ありがたいなぁとしみじみ思った。

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2007/09/13

術後3日め

2007年9月13日(木)

創部の痛みが少ないので、もしかして痛くないのかと、6時間おきの痛み止めを飲むのをやめてみた。そうしたら、8時間を過ぎたところで、いきなり痛くなってきた。やっぱり薬のおかげだったのね~! というわけで、あわてて痛み止めを飲む。でも、6時間おきじゃなくて、飲む間隔をもう少し開けてみてもいいかな。8時間とかね。
うとうとしていた3時過ぎ。カーテンのそばから名前を呼ばれた。目を開けると、なんと専務がそこに! お見舞いに来てくださったのだ。私がまだレストラン営業部のパートだった頃、専務が担当常務で、机も近くて、約2年間ほどだったが、とてもお世話になった。それどころか、ブランクの長かった私が採用されたのも、専務の一声があったからだと聞いたこともある。今は離れてしまったけれど、わざわざ来てくださったことに、とても感激した。
専務はお兄さんの話をしてくださった。肺がんだったのだけれど、放射線治療でがんが消えて、今はすっかり元気にしているという話。とても励みになった。
4時を過ぎた頃、同僚のKさんとNさんが来てくれた。ついつい会社の話をしてしまう。放射線治療が始まったら、一緒にランチをする約束をした。
手術前に比べると、不思議なくらい気持ちが落ち着いている。手術を終えたという安心感なのかもしれない。

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2007/09/12

術後2日め

2007年9月12日(水)

今日からデイルームで食事をとる。デイルームは歩ける患者が集まって食事をとったり、休んだりするところ。同室の人は誰もデイルームに行かないので、ひとりでマグカップと箸を持って歩いていった。血圧が低いせいか、少しフラフラする。もともと低血圧なのだが、40-80だったりして、けっこうトンデモナイ。いつもは60-90ぐらいなのだ。まぁ、血圧は計るたびに変わったりするけどね。
看護学生のTさんに髪を洗ってもらった。今まで洗った人の中で、一番髪が長いと言われた。そういえば、年配の患者さんは髪が短い人が多い。同じ病気の人も見かけないし、同じ年頃の人もいない。病院で友達ができたという話をけっこうネットで見ていたので、ちょっと残念。
Tさんとはいろんなことを話した。パンを習っているという話をしたら、とても興味がありそうだったので、体験教室へのお誘いをした。卒業したら故郷に帰ると言っていたけど、それまでの半年間、通えると楽しいね、と話した。
そうそう、今日は普通に便通があった。もう薬の力なしには出せないのか~っと悲観していたので、嬉しい。やっぱり腸もショックを受けていたのかもね。

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2007/09/11

術後1日め

2007年9月11日(火)

朝6時に、点滴と導尿管が外され、自分で歩いてトイレに行く。この2つが外れるだけで、ホントに楽になる。ドレーンは花柄のポシェットみたいなものに入れて、首から下げて歩く。これを下げていれば、同じ手術をした人だとわかるが、入院中一度も見かけなかった。
ムコスタ錠100㎎とボルタレン錠25mgを処方される。6時間以上あけて飲むように言われたので、きっちり6時間おきに飲んだ。かなり強い痛み止めなので、薬を飲んでいれば、そんなに創部の痛みはない。もらった資料を参考に指の運動をしたり、テレビを見たり、マンガを読んだりして過ごした。
入院中に読む本を調達しに本屋へ行ったとき、大好きな今一子さんの新刊(?)が出ているのを偶然見つけて買ってあったので、読むのを楽しみにしていたのよね。腕は自由に動かないとはいっても、そこそこ歩けるし、昨日に比べればかなり元気。とはいえ、食事は三回ともベッドで食べた。

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